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中村俊輔の今回の移籍に関してのニュースまとめ

中村俊輔選手 ジュビロ磐田へ完全移籍のお知らせ | 横浜F・マリノス 公式サイト

 

中村俊輔選手コメント


「先ず初めに、2016シーズンも熱い応援ありがとうござました。自分自身としては、怪我が長引いてしまったこともあり、完全燃焼できるシーズンとはなりませんでした。また、リーグ戦が10位に終わってしまったことも、とても申し訳ない気持ちです。

 

2016シーズンに至ってはいろいろなことがありました。社長をはじめ、強化部長、他が変わり、現場でもさまざまな変化がありました。キャプテンとして、マリノスの一員として、一人の人間として、いろいろなことに向き合って来ました。


スポーツ、サッカーの本質であるべきもの、例えば楽しさ、喜び、信頼、感謝などを持ちプレーすることが、自分は何よりも大切だと思っています。自分の魂であるサッカーと現役を退くその最後の瞬間まで、真摯に、そしてなによりも喜びと楽しさを持って向き合うため、懊悩煩悶の末、マリノスを離れる決断に至りました。

 

2010年、横浜に戻ってきた自分を温かく迎え入れてくれたことは、今でも鮮明に覚えています。2013シーズン、ファン・サポーターの皆さんと優勝を分かち合えなかったことは、とても残念なことですが、9月21日の自分個人への身に余るゴール裏の横断幕は、セルティック時代でさえ経験はなく、心の奥底に深く刻まれ、生涯忘れることのないものとなりました。

 

チームメイト、スタッフ、スポンサー、会社の方々、ファン・サポーターの皆さん、今まで携わって下さった全ての方々に心より感謝致します。本当にありがとうございました。」

 

 

中村俊輔、苦渋の移籍「純粋にボール追っ掛けたい」 (日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース

 

中村はこの日、横浜市内で取材対応した。黒のスーツで姿を見せた中村は「マリノスのサポーターの方の前で報告したかった。タイミングが合わなかった。申し訳ないし心残り」とした上で、「サッカーは楽しんだり練習したことを試合に出して、うまくいかなかったことを見直して次の試合まで上達を目指す…そのサイクルに戻りたい。純粋にボールを追っ掛けたい」と移籍の理由を明かした。

 

特に今季は、クラブが急激な若返りを図り、DF小林の戦力外、DF中沢への年俸半額提示と激震が走った。練習環境面ではクラブハウスがなくなり、横浜市内のグラウンドを転々とする日もあった。求心力のないモンバエルツ監督の続投も決まり、選手から不満の声も漏れていた。

 選手として、主将として「このままでは」と提言してきた。特に、横浜の長谷川亨社長(58)は、選手の生の声を聞くべく中村と何度も会談した。中村は「僕らの声を聞いてくれたのはありがたかった。お互いが理解し合いながらやれたのは大きいし、正直にいろんな話をしてくださった」と長谷川社長への感謝を口にした。

 

だが「これは違う、と言ったことが変わらなかったりしたら、その繰り返しは何なのかと。毎日、それが違うんじゃないか…と。そんなことは普通、ないこと。それに対応しきれなくなって、いろんなバランスが崩れていった」と苦しい心境を吐露した。

 

中村俊輔「もう現役長くない。だからこそ」一問一答 (日刊スポーツ) - Yahoo!ニュース

 

-移籍決断の理由は

 中村 スポーツは楽しんだり、練習したことを試合に発揮して、うまくいかなかったら見直してまた、次の試合まで上達する。そのサイクルに戻りたい。

 

もう現役は長くないと思う。だからこそ、サッカーへの情熱だったり、純粋にボールを追いかけたりしたい。信頼とか、そういうものを感じながらサッカーをしたい。自分がマリノスを離れるなんて、そんなこと考えたことなかった。そういう風になる自分が不思議で…。

 

今季は何回も考えたり、苦しい時間だった。サッカー人生で今までにない。マリノスのユニホーム、ましてや「10」だし、引退以外、脱ぎたくないでしょ。でも、そういう中でやらないと、今後、サッカーに携わったときに、10年後、20年後か分からないですけど、悔いが残るなというのがあったので…。

 

 -この1年での変化か

 

 中村 去年はなかった。今年はいろんなものが変化した。サッカー選手で毎日、現場に出る。例えば、プライベートで問題があったりしても、グラウンドに来るとなくなってたの。でも、そうではなくなってきた時に、苦しくなっていったなあ…。

 

いろんな問題が今年、起きた中で、選手として、主将として、人間として、マリノスもそうですけど、サッカーチームとして「これでは…」「ここは違うぞ」とは言ってきたつもり。それでも変えられるところ、変えられないところもあるし、そこは僕も理解しています。

 

今日も長谷川(亨)社長と会いましたけど。食事も3回、2人だけで会ったのも5、6回。これだけ扉を開けている社長もいないですし、僕らの声を聞いてくれたのはありがたかった。僕も、社長の立場は分かります。オープンにして話せたのはありがたかった。お互いが理解し合いながらやれたのは大きいし、最後まで強い言葉で「ここでユニホームを脱がないといけない選手」「マリノスという枠でなく日本の宝だ、自分の所から離れていくのは悔しい」とまで言ってくださった。

 

それに「最後は戻ってきてほしい。そういう契約を織り込もうか」と言ってくれた。それは、保険をかけるのは僕は嫌だったので。行くからには骨をうずめる気持ちでやるし。

 

 -サポーターへ言いたいことは

 

 中村 何か、応援される側の領域でなくて、育てられたという感じがしている。本当に、皆さんの前で報告、あいさつができないのは申し訳ない気持ちだし、今季、なかなか試合に出られなかったので、順位も良くなかったし、選手として主将として申し訳ない気持ち。

 

自分が引っ張らなくてはいけないし、中位で終わってはいけないチームだと思う。もちろん、天皇杯ベスト4もそう。ベスト4を強調するけど、それではいけない。1位以外はビリだという精神をね。キー坊(MF喜田)とか若い選手が、モンバエルツ監督の起用もあって試合に出るようになってから、殻が破れた。そういう選手が何人か出てくるとうれしいかなと。

 

マリノス育ちのマリノスイズムを持った選手が花開くのはいいこと。サポーターの方々が13年に「俊輔と優勝したい」と横断幕を掲げてくれた。個人名じゃないですか。それだけ、自分を大事にしてくれてると思うと、やっぱり、そういうのも含めてもちろん、出て行くこと、チームを変えることがベストなのか…ずっと考えていた。失うものが多いと思うんですけど、新しい挑戦、道に行こうかなと。

 

そういう中で、(磐田の)名波(浩監督)さんと服部(年宏強化部長)さんに、声をかけてもらって。自分の状況とかも分かってくれて。1回会った時は「うちに来いよ」でなく「門は開いてます」と言ってくださって。

 

 

俊輔 磐田に「骨埋める」横浜最後のオファー“復帰確約”拒否 (スポニチアネックス) - Yahoo!ニュース

 

この日午前には最後のオファーも断った。横浜の長谷川社長と会談。契約条項に「選手として最後は横浜で」という項目を提案されたが、それは拒否した。「保険をかけるみたいで嫌だと言った。行くクラブに骨を埋めるつもり」。何度も考え、苦しみ抜いた決断。だからこそ選手生活を磐田で全うする覚悟だ。

 

長年、ともに戦ってきたDF中沢とも違う色のユニホームに袖を通すことになる。「ボンバーは戦友。寂しいよ。空中戦のゾーンも維持しているしサッカーに対する姿勢も衰えない。尊敬できる唯一の選手」。FKで構えれば、今度はゴール前の高い壁として立ちはだかるはず。「足元を狙うよ」と中村。新天地で司令塔になるべく、宣戦布告した。

 

 

中村の磐田移籍で横浜FMに大激震! クラブが異例の謝罪声明「多大なるご心配と不安を…」 (Football ZONE web) - Yahoo!ニュース

 

中村俊輔選手の移籍に関して」と題して、本人の決断であることが強調される
 横浜F・マリノスの元日本代表MF中村俊輔が8日、ジュビロ磐田へ完全移籍することが正式に発表された。これを受けて横浜公式サイトでは、「中村俊輔選手の移籍に関して」と題して、異例とも言える謝罪声明を出している。

 

横浜FMに掲載された声明全文
 なお、横浜FMの公式サイトで発表された「中村俊輔選手の移籍に関して」の声明全文は以下のとおり(原文まま)。

 

■「中村俊輔選手の移籍に関して」

「日頃より横浜F・マリノスへご支援を賜り、厚くお礼申し上げます。

このたび、中村俊輔選手が横浜F・マリノスを離れ、ジュビロ磐田へ移籍することが決定いたしました。

弊クラブは、中村選手に現役生活を最後までF・マリノスで送り、その後も中村選手との関係を継続していきたいという思いと共に話し合いを重ねてまいりましたが、此度、中村選手の意思を尊重し、本人の決断を受け入れることといたしました。

この決定は、横浜F・マリノスに関わるすべての皆さま、そしてなによりもファン・サポーターの皆さまにとって非常に残念なことであり、多大なるご心配と不安をおかけすることとなりますが、中村選手のこれまでの弊クラブへの多大なる貢献に深く敬意を表すると共に、これからのサッカー人生が実り多きものとなることを願ってやみません。

弊クラブはこれからも「皆さまに愛される 強い横浜F・マリノス」の実現を目指し、邁進して参ります。

引き続き、皆さまの温かいご支援・ご声援、ご理解を賜りますよう何卒よろしくお願い申し上げます」

 

ちなみに昨日比嘉選手が上げた冬休みのオフ

比嘉さんは俊さんにとって癒やし。

 

ちなみに去年の俊さん

www.youtube.com

 

去年は、怪我を重ねてしまいましたが、能力には疑いは全くないです。

怪我はカイケにやられたのと、ヴェルディの若手に荒いプレーに壊されたりと

ついていない部分もありますが、やはりこれまでのサッカー人生の

積み重ねによりボロボロなところはあります。

まあそれはしょうがないことですし、それだけのキャリアが彼にはあります。

 

まだまだやれる選手ですし、その「やれる」ことが異質なのが彼です。

私は彼の個サポなのでジュビロでの彼にもすごく期待しています